Yokoso! Japan Plan 1構想など、そしてそのきっかけみなさんこんにちは。 初仕事が始まった方も、明日からの方も、あるいはまだ今週末と成人式まではお休みという方もいらっしゃると思います。 こちらの日記で、今年の抱負としてあげたのは
ということでした。 とは言うものの、日本語で書いたところで、それは「世界に向けて発信している」とは言わないし、それでは英語で書くのかというと、多少はできないことはな いとは言え「日本の文化を正しく伝える」だけの英語を書けるかというと、そのような蛮勇もまたないわけで、さて、どうしたものか・・・ そんなことをつらつらと考えて、日記の更新をあまりしていなかったこの半年間という感じだったでしょうか。 その状況自体が激変しているわけではないものの、ここは上手く人様のお力をお借りするのがよいのではないか、というような方向に思いいたるようになりまし た。 もう少し具体的なことを言いますと、自分で伝えたいことを書くのではなく、海外の方が関心を持ってくれている日本に関する情報を少しずつ集めていこうかな と。 つまり海外の方が面白いと思ってくれる日本、これはと思う日本の情報を集めていけば、それぞれの人は日本のある一部分を見て、面白いと言っているかもしれ ないけれど、それらを集めると、近似値的に「日本像」が浮かび上がってくるのではないかと考えました。 とっくに誰かがやっているかもしれませんけどね。 それでも、同じようなことを考えたりやる人が増えることはお互いのためにも良いと思いますし、またどれだけ進めるのかも今のところちょっと分かりません。 あくまでもそんなことができるかもしれない・・・ という仮定・仮説みたいなものですから。 ただ、ここで日本の隣国の政府肝いりの基地外集団みたいに、やたらあちこちにメールを送りつける、などという不躾な方法は取りたくはありません。 「私達のことを知ってくれ!」とだけ、大声で叫ぶなど無粋なことをするのではなく、相手のことを知って、関心を持ちつつ、自然と相手にも日本のことを知っ てもらうという、きわめて穏やかで日本らしいやり方をしたいなというのも、また一つの柱としてありました。 それでは、どこから手を付けるか、どういう形にしていくのか、という課題が当然でてきます。 そこで、日本のあちこちで結ばれている姉妹都市なるものをみてみることにしました。 姉妹都市をウィキペディアで調べてみると日本が姉妹都市(または友好都市) 提携をしている国・地域をマップにしてみますと、こんな感じになるようです。 (こちらのサイトを利用してマップを作製しました) えらいあちこち(ただしアフリカと中東を除いて)真っ赤だな、と思うけれど、なかなかどうして、姉妹都市提携が結ばれていない国・地域は実はこんなにあり ます。 日記の文字数では収まりきらないので、フリーページに表を作りました。 この表は、日本の各自治体が姉妹都市提携を結んで「いない」地域だけをピックアップしたものです。 地図でみますと、かなりの国・地域と姉妹都市提携を結んでいるように見えますが、そうでない国をリストアップしてみると、これまたけっこうあるものです。
ところで、アフリカでは、(上記のサイトの分類による 限りでは)エジプトとカメルーンだけです。 カメルーンといえば中津江村。と思ってみてみると、日 田市になってます。 確かどっかと合併したとかいう記憶もあるので調べてみると、やっぱり中津江村は日田市と合併していたの ですね。 というようなことをつらつらと眺めながら、話を元に戻します。 こちらのページを見ていた だくと分かりますが、日本全国の都道府県から市区町村にいたるまで、姉妹都市提携「件数」は1524件にも上るようです。 驚きです。 こんなにあるのでは、1日1件の姉妹都市を取り上げても、4年以上かかってしまいます。 そんなに姉妹都市提携が結ばれていたなんて、知りませんでした。そもそも財団法人 自治体国際化協会なんていうものがあったりし て、たまげてしまうわけですが・・・ 自治体国際化協会さんの成果は十分に活用させていただくことにします。 皆様のお住まいの自治体でも、どこかの国または地域と姉妹都市提携などをしておりませんでしょうか? ここから都道府県⇒市町村 の順に、姉妹都市提携先を見ることができます。 あちこちクリックしてみますと、これはこれで面白いものがあります。自分の故郷とか、かつて住んでたところとか・・・・ これだけでもかなりの文字数になってしまいました。 何故、こんなことを思いついたのかとか、具体的にどうしようか、なんていうアイディアは、これからポツポツと書いていくことにします。 なんといっても、1日1件取り上げて行っても、4年掛かるプロジェクトになりそうですのでね。 あせらずに、コツコツとやっていきたいと思います。 コメントはこちらに
お願いいたします。 2006/01/05 ************************ きっかけ 2 しばらく感覚が空いてしまいましたが、お元気でしたでしょうか? また中間で話が別な方向に行ってしまいました。 前回のきっかけ1で書いたのは、正月の特別番組、「八犬伝」を見てたことと、八犬伝の舞台となった場所に行った事があるよな、ということでした。 正月特番の八犬伝自体は既に書いたように、一応「仁義礼智忠信孝悌」の玉を持った8人の剣士がでてくるし、里見義実や金椀大輔、伏姫、玉梓、など主要な登場人物はでてくるのだけれど、いかんせん八房もでてこない・・・という感じで、こんなのじゃなかったよな・・・と思いながら幾つかパチパチと検索していて そこからあちこちクリックしているウチに、スーパー歌舞伎八犬伝のページに行き当たった。 そこでふと閃いて、スーパー歌舞伎と八犬伝で検索したら出てきたのが、このジャパンタイムズの記事。 これはもちろん、 市川猿之助やスーパー歌舞伎そのものが魅力的な Japanese Traditional entertainmentであることから記事にされたのでしょう。 でも、ここで、いくつか思い出したことがありました。 まず第一に、「お客さんが欲しいものはお客さんに聞け」ということ。 次に、お互い知っている相手なら、許容できるキャパシティー・レンジが広くなるということ。 (これはお互いに常識があって節度ある付き合いができる関係なら、という前提がつくけど。知れば知るほど距離を置きたくなる所などは、頭文字Kが出ただけで拒絶反応が生じる) そして、「私の全てを正確に理解して欲しい」というのは、自分もできない無理な注文であるので、相手が知りたいことについて知ってもらうだけでもとりあえずは良しとしなければならないこと。 最後に、相手を良く知り自分達のことをきちんと伝えられる人間が一人でもいれば、場合によっては諍いの真最中にあってもそれを止揚しうると思うので、そういうような人間を作る一助としたいということ。 厳密にこの定義にあっているかどうかは別として、日本にも過去に多くの人達が海を渡り、異国の文化を消化しながら日本との架け橋になった例はいくらでもある。 古くは遣隋使・遣唐使の諸先生方に始まるが、この時代の弘法大師空海は、これまた別格だろうと思う。 そしてだいぶ時代を下るけれど、フィリピンに渡って一時代を築いた呂宋助左衛門。 自らの意図で渡ったわけではないが、大黒屋光太夫。 明治維新を前後して活躍するジョン万次郎。 最近、再び著書がブームを呼んでいる新渡戸稲造。 フェノロサとともに日本の美術を伝えることに尽力し、「茶の本」を著した岡倉天心。 時代がその命を奪っていったが、硫黄島で米軍の投降の呼びかけがあった(とされる)バロン西。 日米の経済摩擦の中にあって、米経済界でも一目置かれ、日米関係の改善に多大な貢献をしたとされるソニーの盛田昭夫。 この人達が、今、一堂に会して日本の海を越えて活躍していたら、どれほど素敵なことだろう? こういった偉人伝に名を連ねていなくても、日本が今のポジションを確保するにあたって、人知れず汗し涙してきた数多くの日本人がおり、そして現地に定着してきたのだろう。 脇役でもいいから、そういう海を越えていくような、チャレンジをしてみたいものだと思う。 そして、それは弘法大師空海だとか、岡倉点心や新渡戸稲造、あるいは盛田昭夫のような、大変な大人物でなくても「我々であること」に誇りをもってお互いに尊敬しあいながら関係を築いていけるようになればと思う。 シアトルなどの米国の北西地域の人に、「そちらのベリンハム市と姉妹提携しているのがチバ県のタテヤマ市だ。タテヤマ市は八犬伝という江戸時代の大長編小説の舞台でもある」というだけでも、彼の地の日本とは縁のない人が関心を持つようになる可能性があるだろう。 こんな記事を書き続けたとして、何が出てくるのかは分からないけれど、自分の勉強もかねて、少しずつ前に進んでみたいと思っている。 さて、どうなりますことやら・・・ ジャンル別一覧
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